THE DESIGN SCIENCE FOUNDATION

The Design Science Foundation

DESIGN SCIENCE_01 概要

財団の活動の始まりに際して11名の方にデザインと科学の繋がりについての考えをご寄稿頂きました。その内容を書籍「DESIGN SCIENCE_01」としてまとめ刊行致します。
ご寄稿頂いた論説の概略を以下に紹介します。

2022年4月、イスラエル。テルアビブの空港係員たちの見事な連携。街中のレストランのウエートレスたちの的確な対応。カフェで出会った、木の皮をむいただけのスツール。世界的レストラン「ノマ」の前ペストリーシェフが見せてくれた「四角いジュースの塊」のようなオレンジの写真……。人々のネットワーク、出来事、そしてモノたち。ここにある、経験に裏付けられ、その場の対応や発言にひそむ何か。心を打ち、和ませ、思考を触発する何か。それはデザインでありサイエンスでもある知、デザインとサイエンスの邂逅が創発する「機智」と言うべき何かではないか──。

「私たちは過去に例のない飢餓に陥っている。美の欠落にさらされ、失われた景観、凡庸で実用主義の建築、人間の手仕事や配慮が感じられない品々にさらされながら暮らしている」(ルイジ・ゾヤ)。

身体感覚や感受性の劣化に抗し、人間の美しい未来に向かってゆっくりと舵を切る「デザイン×サイエンス」の新たな知の探究を宣言する。


深澤直人
デザイナー/ THEDESIGNSCIENCEFOUNDATION創設者

1956年、山梨県生まれ。1980年、多摩美術大学美術学部デザイン科立体デザイン専攻プロダクトデザイン専修卒。シリコンバレーの産業を中心としたデザインの仕事に7年間、従事した後、1996年に帰国。2003年、NAOTO FUKASAWA DESIGNを設立。多摩美術大学美術学部統合デザイン学科教授。日本民藝館館長。世界を代表するブランドや日本国内の企業のデザイン、コンサルティングを多数手がける。良品計画デザインアドバイザリーボード。米国IDEA金賞、ドイツiF賞金賞、英国D&AD金賞、毎日デザイン賞、織部賞、イサム・ノグチ賞など受賞多数。2022年に一般財団法人THE DESIGN SCIENCE FOUNDATIONを創設。著書に『ふつう』(D & Department Project、2020年)、『AMBIENT 深澤直人がデザインする生活の周囲』(現代企画室、2017年)、『デザインの輪郭』(TOTO出版、2005年)など、共著に『デザインの生態学──新しいデザインの教科書』(東京書籍、2004年)、『デザインの原形』(六耀社、2002年)がある。

雨粒、雪、生体鉱物など、自己組織化する結晶たち。重力の方向、温度・湿度、物や土など周囲を探りながら伸張し、あらゆるところが回旋する植物たち。その鋭い「嗅覚」と「神経なしの知能」。フンの匂いの濃度を知覚し、巨大な巣をつくりあげるアフリカシロアリ。植物や動物はみずからを包囲する環境の「勾配」を知覚し、行為する──。

惑星の軌道計算にはじまるとされるサイエンスは熱力学と進化論をへて、周囲の「マクロ」=地球環境で生きるものを包囲する「中規模なこと」を観測する領域になった。分子のようなミクロがつくる乱雑さであるエントロピーが増大してあらわれるマクロを探る熱力学。水面の小さな波、一個の顔にあらわれる表情……。創発し、転移するこうした中規模のマクロの相を探る非線形科学。サイエンスはいつでも、周囲の「デザイン」を観測している。

デザインとサイエンスが、ひとつの同じ仕事の別の名前であることを提唱する「デザイン・サイエンス」の思考。その原理を生態心理学の視点からやわらかく解き明かす。


佐々木正人
生態心理学者

1952年、北海道生まれ。生態心理学者。筑波大学大学院博士課程修(教育学博士)。早稲田大学人間科学部助教授、東京大学大学院情報学環・教育学研究科教授を経て、現在、多摩美術大学美術学部統合デザイン学科客員教授、東京大学名誉教授。著書に『あらゆるところに同時にいる──アフォーダンスの幾何学』(学芸みらい社、2020年)、『新版 アフォーダンス』(岩波書店、2015年)、『アフォーダンス入門』(講談社学術文庫、2008年)、『レイアウトの法則──アートとアフォーダンス』(春秋社、2003年)、『知覚はおわらない』(青土社、2000年)、『アフォーダンスと行為』(編著、金子書房、2001年)など多数。訳書にJ・J・ギブソン『生態学的知覚システム』(監訳、東京大学出版会、2011年)、エレノア・J・ギブソン『アフォーダンスの発見――ジェームズ・ギブソンとともに』(岩波書店、2006年)、ニコライ・A・ベルンシュタイン『デクステリティ── 巧みさとその発達』(監訳、金子書房、2003年)などがある。

オレンジ色から茜色、ピンクから様々な紫色を経て、大空が透明な青に支配される時間帯、薄暮。「ブルーモーメント=青の瞬間」と呼ばれるこの詩的な時空間に起こる美しい情景の魅力を、室内照明や夜の街並みにも人工光を用いて再現するには。

20世紀後半に起きた照明環境における「ボタンの掛け違い」。光と人間の間の正しい関係=知覚のメカニズムの崩壊。照度と輝度(明るさ感)の違い。光源が持つ「青→白→黄→朱→赤」に至る「色温度」の重要性……。

世界的な照明デザイナーである著者は言う。「自然光が教える光の科学と芸術の関係を深く学習すること。照明デザインを職能としてから45年、ずっとそのことだけを自問し続けている」「照明デザインを『光のデザイン』または『陰影のデザイン』と言い換えて自分の職能を紹介している」。

飛躍的に進歩する五感のアカデミズムである「光の人間工学」によって、光という物性の研究から視覚心理学や環境心理学などに基づく光と人の快適性についての考察へと深化をつづける照明デザイン──。その最前線への招待。


面出 薫
照明デザイナー

1950年、東京に生まれる。東京芸術大学大学院修士課程を修了。1990年、(株)ライティング プランナーズ アソシエーツを設立、代表。住宅照明から建築照明、都市・環境照明の分野まで幅広い照明デザインのプロデューサー、プランナーとして活躍するかたわら、市民参加の照明文化研究会「照明探偵団」を組織し、団長として精力的に活動を展開中。東京国際フォーラム、JR京都駅、せんだいメディアテーク、六本木ヒルズ、長崎原爆死没者追悼平和祈念館、京都迎賓館、シンガポール国立博物館、シンガポール中心市街地照明マスタープラン、ガーデンズ バイザ ベイ、JR東京駅丸の内駅舎保存復原ライトアップ、アマン東京、ぎふメディアコスモスなどの照明計画を担当。国際照明デザイナー協会賞・最優秀賞、北米照明学会照明デザイン大賞、日本照明学会・日本照明賞、日本文化デザイン賞、毎日デザイン賞などを受賞。日本建築学会(AIJ)、日本照明学会(IEIJ)、国際照明デザイナーズ協会(IALD)、日本デザインコミッティー(JDC)などの会員。現在、武蔵野美術大学客員教授。著書に『都市と建築の照明デザイン』(六耀社、2005年)、『世界照明探偵団』(鹿島出版会、2004年)、『陰影のデザイン──都市と建築の照明』(六耀社、2010年)、『光のゼミナール──武蔵野美術大学空間演出デザイン学科面出ゼミ10年間の記録』(鹿島出版会、2013年)、『建築照明の作法──照明デザインを語る10の思想と27の作法』(TOTO出版、2015年)、『LPA 1990-2015 建築照明デザインの潮流』(六耀社、2015年)など多数。

トゲが埋め込まれた鉄製の椅子、水責めの漏斗。プラハの中世拷問博物館に展示されている、魔女狩りで使用された拷問器具の数々。これらの「プロダクト」が備える要素を著者は「懲罰性」と名づける。あるいは刑務所や拘置所の、不潔でプライヴァシーのないトイレ、暗い照明。ここにも懲罰性が満ちている。しかし人々は刑務所の建築やプロダクトのデザインの向上を許そうとしない。この不寛容は、自身の日常的な居住空間が懲罰性の高い粗悪なプロダクトに取り囲まれているという、資本主義体制下での貧困と理不尽に由来する──。

求められているのはプロダクト・デザインの水準の全体的な向上であり、使用感に快感があり、その美的な意匠が精神的満足を与えてくれる「報酬性」に富むデザインである。私たちを解放し、ストレスを感じさせないプロダクトとは、徹底して身体の姿勢と運動とに最適化されたそれである。そしてその理想とは、プロダクトの存在そのものがユーザーの意識の外側に「消滅」する瞬間を創造するデザインではないか──。

プロダクト・デザインが負うべき倫理性と政治的課題。その核心を照射する省察。


平野啓一郎
小説家

1975年、愛知県蒲郡市生。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。同作品は新潮社より1998年に単行本として刊行。40万部のベストセラーとなる。以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。著書に、小説『葬送』(新潮社、2002年)、『滴り落ちる時計たちの波紋』(文藝春秋、2004年)、『決壊』(新潮社、2008年)、『ドーン』(講談社、2009年)、『空白を満たしなさい』(講談社、2012年)、『透明な迷宮』(新潮社、2014年)、『マチネの終わりに』(毎日新聞出版、2016年)、『ある男』(文藝春秋、2018年)等、エッセイに『本の読み方──スロー・リーディングの実践』(PHP新書、2006年)、『小説の読み方――感想が語れる着眼点』(PHP新書、2009年)、『私とは何か──「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書、2012年)、『「生命力」の行方──変わりゆく世界と分人主義』(講談社、2014年)、『考える葦』(キノブックス、2018年)、『「カッコいい」とは何か』(講談社現代新書、2019年)、『死刑について』(岩波書店、2022年)等がある。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計60万部超のロングセラーとなっている。『空白を満たしなさい』の連続ドラマ化に続き、『ある男』を原作とする映画が2022年11月に公開。最新作は、「自由死」が合法化された近未来の日本を舞台に、最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子が、「自由死」を望んだ母の、〈本心〉を探ろうとする長編小説『本心』(文藝春秋、2021年)。

アイスランド、デンマーク、ノルウェー、マレーシア、シンガポール、そして日本と、世界各地の都市像と構築された自然・自生する自然を観察し、対話や制作の場を創出する『きわプロジェクト』を著者は展開してきた。「きわ(際)」とは空間的な境界線、事物が変化する極限的な瞬間であり、まったく異なるものが表出する瞬間を捉える極限の感覚の閾を想起させる

著者は言う。「デザインという言葉を思い浮かべるとき、そこには「兆し(サイン)」を捉える行為を想像する。……デ・サインという行為は、なにものかもわからぬ存在の兆しに目を凝らし、動き、触りながらその突起や裂け目を探り、点と線を繰り返し引き直しながらその実態を際立たせていく身振りだと感じている。おそらく目の前の実態のわからぬそれは、決して理解しえぬ存在であるけれど、相互に作用し合うなにかであることは確かで、それに対峙する感受性を育んでいくための術がデザインではあるまいか」。

知と未知の「きわ」を照らしだす、来たるべき「デザイン×サイエンス」の光芒。


向井知子
映像空間演出家/デザイン・アート教育者

東京生まれ。1991年、武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業。1996年、ケルンメディア芸術大学大学院修了。日々の暮らしの延長上で、人びとがふとした瞬間、思索にふけることのできる場所・空間づくりを展開。街中の歴史・文化的拠点での映像空間演出、美術館・博物館での映像展示デザイン、音楽やパフォーマンスのための映像制作などに取り組む。長年国内外の大学で、専任教員、非常勤講師、研究員としてデザイン・美術教育に従事し、2018年独立。主な映像空間演出に、東京国立博物館本館、東叡山寛永寺、東京藝術大学奏楽堂、谷中『柏湯通り』、逗子・亀岡八幡宮、周防国分寺、防府天満宮、山口・一の坂川、曹洞宗萬亀山東長寺、トリニターティス教会、ボン美術協会、聖ゲルトゥルトゥ教会(ドイツ)ほか。文化財の映像展示に雪舟等楊筆『四季山水図巻(国宝)』など。

パノプティコンを実装した刑務所、それを転用した近代以降の学校教室。20世紀のデザイン史を見つめなおす時、デザインの想像力・創造力と権力・暴力の結びつきを看過することはできない。しかし、と著者は問いかける。未来に向かいつつも過去への眼差しを内包することを迫られているデザインと、過去に向かいつつも現在に応答し未来へと働きかけることを切望する人類学をかけあわせることはできないか──。

この視点からレヴィ=ストロースの「具体の科学」やベイトソンの「クレアトゥーラ(生きたもの)の学」の含意を検証。現在の欧米圏で進みつつある、デザイン人類学というタイトルを冠した書籍の刊行や、企業による人類学者や社会学者の採用、公共政策の現場へのデザイナーと人類学者の参画など、デザインと人類学が協働する様々なケースを紹介。未来を大きく変える力をもつデザインを共に議論し、プロダクトやサーヴィスの開発と実装に携わることで喫緊の課題に深く、脱暴力的に応答するデザイン人類学(Design×Anthropology)の可能性を提言する。


中村寛
デザイン人類学者

文化人類学者。デザイン人類学者。アトリエ・アンソロポロジー合同会社(Atelier Anthropology LLC.)代表。多摩美術大学リベラルアーツセンター教授。「周縁」における暴力、社会的痛苦、反暴力の文化表現、脱暴力のソーシャル・デザインなどのテーマに取り組む一方、人類学に基づくデザインファーム《アトリエ・アンソロポロジー》を立ちあげ、さまざまな企業、デザイナー、経営者と社会実装をおこなう。著書に『アメリカの〈周縁〉をあるく──旅する人類学』(平凡社、2021年)、『残響のハーレム──ストリートに生きるムスリムたちの声』(共和国、2015年)。編著に『芸術の授業──Behind Creativity』(弘文堂、2016年)。訳書にテリー・ウィリアムズ&ウィリアム・コーンブルム『アップタウン・キッズ──ニューヨーク・ハーレムの公営団地とストリート文化』(大月書店、2010年)。

虫、鳥、動物などの生きものや植物のカタチは、それらが生きている環境と、他の生物たちとの競争・共生といった要因間の均衡の境界としてあらわれるカタチである。そして天空のオーロラ、変幻自在の雲、蛇行する川、山並み、玉砂利が続く海岸、巨岩といった自然景観もまた、様々な物性の均衡状況として現れるカタチである。こうした様々な現象はコンピュータ・シミュレーションによって「近似のカタチ」を再現することができる、とされるのだが──。

C・アレグザンダー『形の合成に関するノート』『パタン・ランゲージ』『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー』が展開したカタチのロジックの解説を縦糸に、そして日本列島における縄文土器や土偶、アイヌ民族の工芸や文様に遺された世界観と願い、環境に立ち向かい、折り合いをつけようとした人間たちの素朴で強い感情を照射しようとした岡本太郎『日本再発見』や柳宗悦の民芸発掘の考察を横糸に、私たちの時代における調和と統合のメカニズム、新たなカタチの科学と方法論を展望する。


櫛勝彦
京都工芸繊維大学教授

1959年、新潟県生まれ。京都工芸繊維大学工芸学部卒業後、株式会社NECデザイン(現:日本電気株式会社)において、製品デザイン、および、インタラクションデザインの研究開発に従事。その間、米国スタンフォード大学プロダクトデザインプログラムにてMFA(Master of Fine Arts)を取得。1999年、京都工芸繊維大学助教授着任。以後、観察と創造を融合したデザイン方法論を軸に、企業等との実践的研究に取り組む。現在、同大学デザイン・建築学系教授・博士(学術)・大学院博士前期課程デザイン学専攻長。グッドデザイン賞審査委員、日本デザイン学会理事、京都府中小企業技術センター特別技術指導員等を歴任。共著書に『情報デザインの教室──仕事を変える、社会を変える、これからのデザインアプローチと手法』(丸善出版、2010年)、『デザインの力』(晃洋書房、2010年)などがある。

OECD諸国内で、二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーの開発や電気自動車の普及率などで大きく後れをとる日本。かつて「Japan as No1」を謳歌していた日本が、近年では国民平均所得などの豊かさの経済指標において先進諸国比較で見劣りする状況に。「退化の道」を抜け出すヒントとは──。

ダーウィンによるミミズと土壌の研究。南極の氷床の厚みの変化などから地球温暖化を予測した環境学者の研究。アフォーダンス理論の研究者・佐々木正人氏が観察した、現代の光学・音響などの物理学では解き明かせない視覚や聴覚の現象。近年、配信されるようになったハイレゾ音源やコンサートホールの特等席にいるかのような3Dサウンド。そして深澤直人氏のデザインによる椅子『HIROSHIMA』の美しさと座り心地の良さの秘密……。

時を超え、現代科学では十分に説明することができない事象を眺め直すこと。そこにモノの本質が見えてくる可能性がある。今こそ、新たな気づきとプロダクトを創発する「デザイン×サイエンス」の知へ!


鳥谷克幸
株式会社ジーニー社外取締役/監査等委員

1956年、福岡県生まれ。1980年、上智大学理工学部機械工学科卒。セイコーエプソン株式会社にて商品企画、品質保証、海外駐在員勤務を経て、1990年に株式会社三和総合研究所入社。環境の国際規格ISO14001初版の発行に合わせて発売開始した齋藤喜孝氏との共著『図解ISO14001 早わかり』(オーム社、1996年)は、改訂2版と合わせて累計20万部以上販売された。2003年、ヤフー株式会社内部監査室長、子会社スポーツナビ株式会社監査役など、監査業務を通して企業発展に寄与。2017年、「誰もがマーケティングで成功できる世界を創る」の実現で、世界的なテクノロジー企業を目指す、株式会社ジーニーの社外取締役(常勤監査等委員)に就任、今日に至る。

今から半世紀ほど前。極微弱吸収スペクトル測定装置という、当時、最先端の装置を駆使し、筆者らの研究チームは無色透明と思われていた水が非常に薄い色をもつ液体であり、わずかではあるが光を吸収することを発見する。

そしてこの発見は、「海の水はなぜ青いか」について、空の青が映っているから……等々の既存の諸説のすべてを覆した。水の中を長い距離、進行した光の色は青色となるため大量の水をたたえた海は青く見える、つまり「海の水が青い」のは「海の水」そのものが青いからである、と。これはまた、イタリア・カプリ島の“青の洞窟”の「濃い青」、パタゴニアの氷河の「明るい青」の神秘を解き明かすものであった。

昔からずっと「海の水は青く」、「空の色も青かった」。神々が自然をそのようにデザインしたからである。しかしその理由を人間が理解したのは20世紀に入り、サイエンスの力を借りてのことである。筆者は言う。「海の水はなぜ青いかを理解したとき、私はとても幸せな気分になった」と。「光の厳密科学」の成果から、デザインとサイエンスの関係、そしてその美しく豊かな未来像を証言する。


松尾誠剛
弁理士

1955年、香川県生まれ。1980年、大阪大学大学院基礎工学研究科化学系化学専攻修了。その後、セイコーエプソン株式会社(研究開発本部、知的財産本部)を経て、2000年、松尾特許事務所(現 めぶき弁理士法人)設立。同法人代表パートナーを経て、現在、同法人パートナー。めぶき弁理士法人の「めぶき」は、お客様の発明・考案・意匠・商標をはじめとする知的財産が、時代の流れのなかでしっかりと芽吹いて、真に社会に役立つ知的財産に育つようにとの思いを込めて命名したもの。2019年より公立大学法人公立諏訪東京理科大学の非常勤講師を務め地域における知的財産の普及活動を行うとともに、INPIT窓口機能強化事務局(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が受託)統括担当者の立場で全国各地における中小企業の支援を行っている。1993年、弁理士登録。

「脳機能×デザイン科学」の解とは──。著者は脳波から得られたカオスアトラクタ(軌道)とTHE DESIGN SCIENCE FOUNDATIONのロゴとの相似点を視覚化して紹介した。両者から、脳機能とデザイン科学と の接点を直観できる と。

さらに、心をめぐる話題。心の病気による休業者が今世紀初頭から最近まで増え続けている。なぜなのか、環境かヒトか。近年はヒトの環境適応のメカニズムを社会脳の一部として解明しようとする研究が注目されている。例えば、心理神経科学者のM・リーバーマンは、哺乳類は社会的な動物として進化し、その過程で脳内に社会行動を支えるネットワークが生まれ、つながる・心を読む・調和する、の3つの脳力を獲得した、と指摘した。この社会脳機能と心の病気との関係性など新たな視点を導入して脳と心への探求はまだまだ続く。本稿では、「デザインを生み出す脳」と「デザインを受け止める心」からデザイン科学の周辺に触れてみる。


神山昭男
精神科医

東京都出身。1976年に北海道大学医学部を卒業。精神科病院にて芸術療法などを、1984年より保健所長として地域の公衆衛生行政、精神障害者の地域ケア、幼少児のてんかん予防の研究に取り組む。1989年より、母校の助教授として産業医学、環境医学の教育・研究に携わる。1997年より外務省に転任。在仏大使館参事官、外務省診療所副所長、大臣官房人事課企画官、参与として、海外約50カ国でメンタルヘルス対策に取り組む。2006年にクリニックを開業。職場の労務管理、健康管理、コンサルティングに関わり現在に至る。公務として最近は、日本精神神経科診療所協会、東京精神神経科診療所協会、日本産業精神保健学会、日本産業保健法学会、国際非線形力学・心理学・生命科学学会(米国)などの役員を担当。研究発表は、「メンタルヘルス不調による長期療養者の就労支援に効果的な精神科主治医と職場との連携技法の実用化研究」(厚生労慟省労災疾病臨床研究報告書所収、2022年)ほか多数の論文、著書を刊行。「脳とこころとヒト」がライフワークのテーマの一つ。

「デザインという営みの中で、人は、姿、かたちを創造し、新たな役割やその物の存在を具体化させていく。……共感を備えた、共有の価値に繋がるデザインの源泉に私たちはどのようにして触れているのだろうか」──。

このように問う著者は、数学者岡潔の「不一不二」、水生動物の「水覚力」、自由意志についての脳科学の実験、テオ・ヤンセンの空気の動きや状態に応じて動く作品「ストランド・ビースト」、そして日々の暮らしの中での自らの体感……これらの言葉や科学的事実、様々な事象に複数の注意を配りながら、感覚的で不確かで非科学的な能力と考えられているデザインという行為について、「自分でも気がついていない周囲との繋がりを知っている身体」と「身体を包囲するMedium」、その曖昧な境界、二つで一つであるようなあり方、その諸相の奥底へと思考を深めてゆく。

「デザインにはその根拠、生活の様々な断片やその全ての洞察から察知した道筋が必ずある」──。かたちそのものを考えるのではなく、Mediumの動きからかたちを考える「Ambience Design」宣言。


長崎綱雄
デザイナー/多摩美術大学教授

1970年、東京都生まれ。1993年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒。1995年、武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科インダストリアルデザイン専攻卒。株式会社岡村製作所を経て、2003年、NAOTO FUKASAWA DESIGN入所。NAOTO FUKASAWA DESIGN取締役/ Senior Designer。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科非常勤講師(2010-13)の後、2013年、多摩美術大学美術学部統合デザイン学科設立に参加。統合デザイン学科教授。2018年、生態心理学を基盤としたAmbience Designを構想。BRANCHの活動を主宰し、アートやデザインの創造活動を通して「かたちの力」「調和の精度」「雰囲気のメカニズム」「性質」の研究など、創造やデザインの為の新たな方法論の実践と確立に取り組む。